国歌比較
モンテネグロ vs セルビア
3
共通テーマ
✗
異なるムード
132
132年の差
✓
同じ大陸
比較分析
モンテネグロとセルビアはどちらもヨーロッパの国ですが、国歌では異なるアプローチを取っています。モンテネグロの「おお、五月の明るき夜明け」は2004年に書かれ、セルビアの「正義の神」は1872年に作られました。
両国歌はアイデンティティ, 自由 と 不屈のテーマを共有しています。 モンテネグロはさらに自然 と 愛を探求し、セルビアは神 と 統一にも触れています。
感情的トーンは異なります:モンテネグロの国歌は誇り高いであり、セルビアの国歌は祈りのです。
セルビアの国歌はモンテネグロより132年古く、1872年に書かれたのに対し2004年です。
モンテネグロは2004年に国歌を変更し、国のアイデンティティや政治的状況の変化を反映しました。
共通テーマ
モンテネグロ
🌿 自然 ❤ 愛 🏛 アイデンティティ 🕊 自由 💪 不屈
セルビア
✝ 神 🕊 自由 🤝 統一 💪 不屈 🏛 アイデンティティ
共通テーマ:
🏛 アイデンティティ 🕊 自由 💪 不屈
メタデータ
| モンテネグロ | セルビア | |
|---|---|---|
| 作曲年 | 2004 | 1872 |
| 採用年 | 2004 | 2006 |
| 作詞者 | Sekula Drljevic (original poem) | Jovan Đorđević |
| 作曲者 | Žarko Mirković (after a traditional melody) | Davorin Jenko |
| 言語 | sr | sr |
| 地域 | Southern Europe | Southern Europe |
歌詞の比較
モンテネグロ
Oj svijetla majska zoro
原文
Oj svijetla majska zoro,
Majko naša Crna Goro,
Sinovi smo tvog stijenja
I čuvari tvog poštenja.
Volimo vas, brda tvrda,
I stravične vaše klance
Koji nikad ne poznaše
Sramotnoga ropstva lance.
Dok lovćenskoj našoj misli
Naša sloga daje krila,
Biće gorda, biće slavna
Domovina naša mila.
Rijeka će naših vala,
Uskačući u dva mora,
Glas nositi okeanu,
Da je vječna Crna Gora.
翻訳
おお、五月の明るき夜明けよ、
我らの母モンテネグロよ。
我らは汝の岩々の息子たち、
汝の誉れを守る者。
我らは愛す、堅き山々よ、汝らを、
そして汝らの恐るべき峡谷を。
それらはついぞ知ることがなかった、
恥ずべき隷属の鎖を。
我らのロヴチェンの思いに
我らの団結が翼を与える限り、
誇り高く、栄光に満ちるであろう、
我らの愛しき祖国は。
我らの波の川は、
二つの海へと躍り込み、
大洋へと知らせを運ぶであろう、
モンテネグロは永遠なりと。
セルビア
Боже правде
原文
Боже правде, ти што спасе
од пропасти досад нас,
чуј и одсад наше гласе
и од сад нам буди спас.
Моћном руком води, брани
будућности српске брод,
Боже спаси, Боже храни,
српске земље, српски род!
Сложи српску браћу драгу
на свак дичан славан рад,
слога биће пораз врагу
а најјачи српству град.
Нек на српској блиста грани
братске слоге златан плод,
Боже спаси, Боже храни
српске земље, српски род!
Нек на српско ведро чело
твог не падне гнева гром
Благослови Србу село
поље, њиву, град и дом!
Кад наступе борбе дани
к' победи му води ход
Боже спаси, Боже храни
српске земље, српски род!
Из мрачнога сину гроба
српске славе нови сјај
настало је ново доба
Нову срећу, Боже дај!
Отаџбину српску брани
пет вековне борбе плод
Боже спаси, Боже брани
моли ти се српски род!
翻訳
正義の神よ、今日まで我らを
滅びから救いたまいし御方よ、
これより我らの声を聞き、
これより我らの救いとなりたまえ。
力強き御手もて導き守りたまえ
セルビアの未来の船を、
神よ救いたまえ、神よ守りたまえ
セルビアの地を、セルビアの民を。
愛しきセルビアの兄弟を結びたまえ
あらゆる誉れある栄えある業へと、
団結は敵の敗北となり、
セルビアの最も堅き砦となろう。
セルビアの枝に輝かせたまえ
兄弟の和の黄金の実を、
神よ救いたまえ、神よ守りたまえ
セルビアの地を、セルビアの民を。
セルビアの晴れやかな額に
御怒りの雷を落としたまうな、
セルビア人の村を祝福したまえ
野を、畑を、町を、家を。
戦いの日々が訪れしとき
その歩みを勝利へ導きたまえ、
神よ救いたまえ、神よ守りたまえ
セルビアの地を、セルビアの民を。
暗き墓より輝き出た
セルビアの栄光の新たな光、
新しき時代が来た、
神よ、新たな幸を与えたまえ。
セルビアの祖国を守りたまえ
五百年の闘いの実りを、
神よ救いたまえ、神よ守りたまえ、
セルビアの民は御身に祈る。
興味深い事実
モンテネグロ
- 1. 歌詞は法律で定められており、2004年の国家象徴法第6条に全16行が記されている。ただし儀礼の場では約1分40秒の短縮された器楽版が演奏され、3分を超える完全版の国歌は合唱を伴う場合にのみ演奏される。
- 2. セクラ・ドルリェヴィチは第二次世界大戦中、最初はイタリア占領下のモンテネグロで、のちにウスタシャ支配下のクロアチア独立国で、枢軸国の占領者に協力した。2004年に国歌が提案された際、セルビア正教会のパヴレ総主教は公開書簡でモンテネグロ政府にこの歌詞を使わないよう求め、ドルリェヴィチを戦争犯罪人であり売国奴だと呼んだ。
- 3. 歌詞のどれだけがドルリェヴィチの詩「我らが永遠のモンテネグロ」に由来するかについては議論があり、研究者の見解は最後の1節のみとするものから国歌全体とするものまで分かれている。地方の行事の中には、より古い民謡に由来するとされる最初の2節だけを歌うところもある。
セルビア
- 1. 国歌は祈りの形で書かれ、「正義の神」への呼びかけで始まる。
- 2. 1872年、ジョルジェヴィチの戯曲『マルコのサーベル』で初演された。作曲は当時ベオグラードで活動していたスロベニア人作曲家ダヴォリン・イェンコである。
- 3. 公式歌詞は、1882年にセルビアが王国となった後に歌われた版の王制的な詩句を置き換えている(1872年の原詩は公を称えていた)。「セルビアの王」は「セルビアの地」に、「セルビアの王冠」は「セルビアの栄光」に、「セルビア王国」は「セルビアの祖国」に改められた。
- 4. 2004年から再び使われ、2006年の憲法で国歌とされ、2009年に国民議会の法律で確認された。
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モンテネグロ
セルビア